チバニアン見学会 現地の写真撮影 civanian kigakuki genchino shamisana

チバニアン見学会 現地の写真撮影

チバニアン見学会の写真撮影  現地まで案内にしたがって向かう途中の参加者

チバニアン見学会 現地の写真撮影 civanian kigakuki genchino shamisana

チバニアン見学会 現地の写真撮影

チバニアン見学会の写真撮影 茨城大学教授 岡田誠教授の現地調査など何度となく現場を訪れたこれまでのご苦労などをお話をされました。現地では参加者に詳しくご説明をして頂きました。


名医とは、患者を診ることだけを考え治癒を願う人、教授は違います

こんにちは
見本市ブログです。

 

 

 

スポンサーリンク



 

 

名医は教授になりにくいのは

 

大学病院の教授、とりわけ国立大学の教授の診察を異常に希求し、
ありがたがる患者さんが多いのには正直言って戸惑うばかりです。

 

教授信仰はまだまだ揺るぎないものだと、
思いをあらたにさせられることもしばしばです。

 

必ずしも教授イコール名医ではありません。

 

なぜなら、患者さんにとってすばらしい医者であることが、
教授になるための条件ではないからです。

 

教授選考は、いわゆる臨床能力を問われる選抜方式ではありません。

 

医学は、患者さんのための学問ではないのです

 

つまり医学は、患者さんのための学問ではないのです。したがって医学部は、
患者さんのために医者を養成しているわけではない、という理屈になるかと思います。

 

 

 

スポンサーリンク



 

 

今の教授の選考に明確な選考基準はありませんが、論文の数質ではなく、
量であるところがミソなのです。

 

処世術、資金力で選考されているというのが実情だと思います。

 

誤解があるといけませんが、確かに優秀な教授は数多くいらっしゃいます。

 

世界的な業績を数多く発表し続ける、すばらしい教授も少なくありません。

 

しかし彼らから患者さんへの優しいまなざしを感じたことは、一度もありません。

 

教授の視線は常に上を向いています。

 

次は主任教授、附属病院の院長、医学部長、大学の総長、
はたまた叙勲から天下り先まで・・・

 

出世を目指すことが目的の教授が、名医になれるわけはないのです。

 

 

名医という言葉は

 

名医という言葉はあまりいい言葉ではありません。

 

高潔な医者、といった方がいいかもしれません。高潔な医者は数多くいます。

 

僕もそれなりに知っています。やはり、誰も教授にはなれなかったはずです。

 

常に患者を診ることだけを考え、患者さんの治癒を願う。

 

そんな高潔な医者は、論文を書く暇も、処世術もありません。

 

それではとうてい教授にはなれません。

 

 

大学教授の診察を熱望は考えてください

 

高潔な医者にかかりたいと願う皆さんが、
なにゆえに大学教授の診察を熱望するのか、不思議でならないところです。

 

 

スポンサーリンク

 



 

 

読者に感銘を与えたベストセラー

これは「9割の病気は自分で治せる」の引用文献です。

著者  岡本 裕  医学博士

見本市ブログを

最後までお読みいただきありがとうございました。

PAGE TOP