チバニアン見学会 現地の写真撮影 civanian kigakuki genchino shamisana

チバニアン見学会 現地の写真撮影

チバニアン見学会の写真撮影  現地まで案内にしたがって向かう途中の参加者

チバニアン見学会 現地の写真撮影 civanian kigakuki genchino shamisana

チバニアン見学会 現地の写真撮影

チバニアン見学会の写真撮影 茨城大学教授 岡田誠教授の現地調査など何度となく現場を訪れたこれまでのご苦労などをお話をされました。現地では参加者に詳しくご説明をして頂きました。


本当の病気になったら、標準治療のしばり、医者の自由な裁量は認められていないのです。

こんにちは
見本市ブログです。

 

私はかかりつけの医院で誕生月の健康診断で
大腸ポリープが見つかりました。

 

そこは入院設備が無いために
院長先生の勤務していた大きい病院を紹介して頂き
同僚の先生を紹介してくれました。

 

紹介して頂いて安心して手術を受けることができて
お陰様で手術は成功することができましました。
私にとってその同僚の先生には
今も感謝しております。

 

 

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標準治療の内容に疑問

 

今の日本の医療は、平等主義です。それは、どんな病気でも一様に対応する
という意味においてです。お金をかけなければいけない本当の病気にお金を
ケチり、お金をかける必要もない未病に無駄なお金をかける。

 

これでは、本当の病気は治らない、未病は余計な副作用を
抱えることになる、とどのつまり共倒れの医療構造になっています。

 

治療の選択に関しては、自由な裁量は認められず、
政府からの厳しい制限があるのです。

 

それに昨今の訴訟ブーム、政府が決めた標準治療法からはずれると
違法行為とみなされ、場合によっては逮捕ということになってしまいます。

 

つまり、患者さんにとっては意味があっても、標準治療から
はずれた治療をすると、誰からも守ってもらえないということです。

 

したがって、終始一貫して標準治療を踏襲するか、
あたりさわりのない治療方法でお茶をにごすか、そのあたりが
賢明な選択ということになってしまいます。

 

ですから、医者としてはできれば本当の病気は避けて、
未病で無難な治療をしていく方が得策なのです。

 

訴訟されない究極の治療法は、結局は何もしないことだと
陰ではささやかれているほどなのです。

 

医者なら日々誰でも思うことですが、標準治療にこだわらず、
もう少し工夫をした方がずっと患者さんのためになるのにと、
標準治療の窮屈さが身に染みているのが現況です。

 

「さじ加減」という言葉をご存じだと思います。

 

状況に応じた手加減の加え方という意味なのですが、もともとは薬を
調合する時の加減を指すのです。

 

つまり投薬をはじめ、治療には微妙な加減が必要だということです。

 

 

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同じ病気であっても、患者さんの年齢、考え方、病勢、体力などによって
さじ加減が必要だということは、容易に納得できる道理だと思います。

 

ところが、今やさじ加減はご法度。正しい治療である
標準治療以外には選択の余地がないというのが今の日本の医療です。

 

標準治療は、本来は治療法の最低基準を明示する一つの目安のはずなのに、
現実的には、訴えられないための免罪符になっているのです。

 

日本の医療は社会主義、と言えるかもしれません。
さじ加減を認めない医療は医療とは言えません。

 

このままでは標準治療も医者をスポイルする悪慣習に
すぎなくなってしまいます。

 

 

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読者に感銘を与えたベストセラー

これは「9割の病気は自分で治せる」の引用文献です。

著者  岡本 裕  医学博士

 

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最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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